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【書評】「怒濤逆巻くも(上・下)」 鳴海風著 算術で幕府の中心に出た男

 幕末・明治維新史の主役は、血湧き、肉躍る革命に活躍した多くの志士である。しかし近年、幕府の官吏にスポットをあて、海外の技術をいかに習得し、国事に役立ててきたかが描かれるようになった。

 主人公の小野友五郎は、数学者。といっても和算、漢字の数字を用いた日本式の数学である。常陸国笠間八万石の藩士だが、三両二人扶持の元締め手代という低い身分。その彼が有名を馳(は)せるのは、安政二(一八五五)年、幕府から選ばれて海軍伝習生として長崎に留学してからである。

 その前年、小野は天文方(暦法方)の役人として江戸湾を海上から視察。たまたま望遠鏡を陸に向けると、馬に跨(また)がった気鋭の幕吏、小栗忠順(ただまさ)を見る光景から物語は始まる。小栗は、旗本二千七百石という高禄の切れ者。やがてふたりは、軍備増強の時代の要請によって幕府の中心へと躍りでる。

 読み書きソロバンは、庶民の学問。微禄の小野は、儒教や剣術ではなく算術によって身を立てようと志した。藩内で頭角を現し、すでに数冊の著作をものした彼にチャンスが巡ってきた。航海に計測器を用いるところから、二百名からなる若年の伝習生に混じって四十歳近くなった小野が選ばれたのだ。オランダ人将校から航海の基本を学びながら、得意の数学に関しては教授の補助役となる。

 二年近くの留学を終えて江戸に戻った彼に遣米使節派遣の話が舞い込んだ。そして小栗忠順らとともに咸臨(かんりん)丸で洋行。ほぼ五カ月の任務を終えて日本に戻ったふたりは、不穏な世相をよそに横須賀造船所の建設に着手。ほぼ完成を迎えたときに時代は明治に。小栗は斬首され、小野の運命は本著に委ねる。

 著者鳴海風は、すでに『円周率を計算した男』や『算聖伝』などで幾人かの数学者をとりあげている。

 そして「黒船来航という危機において幕府の迅速な処置と人物があったことを、今さらながら幸せに思わないではいられなかった」と、主人公に言わせている。(新人物往来社・各一九〇〇円)

 作家 大野芳


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